~~ 市民による地域精神保健 ~~ 

- 健康は権利 - (無断転載はお断りします) 中村佳世

ベルギーの地域精神保健改革③Santé mentale en Belgique

【ベルギーの地域精神保健改革 ③】


ベルギーに注目する理由
ベルギーは、民間病院が主体であることが日本と共通していてかつ、改革に成功しています。
日本での改革が難しい理由としてよく言われるのは、病院が民間であり、経営のためにベッド数が大事な要素であることです。
そこで、同じ条件の元で、ベルギーがどのように問題をクリアしてきたのか調べてみました。中でも特に注目したいのはその精神です。



【施設から地域へ : ベルギーの精神保健ケア改革】
(フランスDIU医療系大学間連携講座『地域精神保健』より)


ベルナルド・ジェイコプ (ベルギーの精神保健改革プロジェクトマネージャー)
ジャン・リュック・ロラン (リール、パリ、マルセイユ医療系大学間ディプロマDIU講座責任者、フランス、リール市東地域精神保健局EPSM局長、元WHO欧州協力支局CCOMS支局長(在リール市))


始めに
ジャン・リュック・ロラン :
次はベルナルド・ジェイコブさん、ベルギーの精神保健改革プロジェクトマネージャーです。昨日のエンマ・ミトルストンさん同様、彼はこの大学間ディプロマ『地域精神保健』の第1期生として学び、ベルギーに地域精神保健を導入し改革を成功へと導きました。大変光栄に思うと同時にその仕事ぶりには感服しています。当初は半年もすれば投げ出すだろうと思っていましたが、プロジェクトは既に10年以上も続いており、改革はよい兆しを見せています。というわけで、どのようにしてベルギーの改革を成功へと導いたのか、ベルナルドが説明してくれます。フランスでも是非実現させたいと思っているのですが。ベルナルド、君の番だよ。12時半までですが、最後に少し討論と質問の時間も取りたいと思います。


ベルナルド・ジェイコプ
ありがとう、ジャン・リュック。
皆さんこんにちは。実は、私もこのフランス医療系大学間講座の第一期生でした。素晴らしい思い出とともに、実に多くのインスピレーションを受けたことを覚えています。そんなこともあって、べルギー改革担当責任者として今も、同僚たちや現場の人たちにこの講座の受講を推めているというわけです。この機会をお借りして改めて皆さんにご挨拶申し上げます。
それから、ここに参加している4名の同僚たちには、お礼を申し上げたいと思います。彼らは真の専門家と言えます。このような人たちと毎日一緒に楽しく仕事をさせて頂いて本当に幸せです。ベルギーの精神保健再編に必要な専門知識をもたらしてくれる彼らに、心から感謝を述べたいと思います。というのは、ジャン・リュックからも紹介がありましたように、これまで12年にも渡る改革の歩みがあったからです。それは単にリフォームというものではなく、今では精神医療的ケア以上のものとなっています。あるいは精神保健の『支援とケア』システムと言ってもいいと思います。精神保健ケアシステムの全面的な進化と言ってもよいものです。
それでは、現在のベルギーにおける精神保健ケアシステムに繋がる歩みを、これからご説明していこうと思います。


I 改革の基本的理念
1  施設から地域へ : ベルギーの精神保健ケアシステム改革
ベルナード・ヤコブ/精神保健ケアシステム改革国家コーディネーター
私たちが改革を進める間に3つの政権がありました。重要なポイントだったと思えるのは、3つの別々の時期に3人の大臣が、私たちと同じ展望を分かち合って仕事に取り組み、このように推進することができたことです。現在は3番目の政権になりますが、3人目の大臣もまたビジョンと目的を共にしています。歴代の大臣とよい関係の中で取り組んできたケアシステム再編は、まもなく15年めを迎えます。
どうぞモーガンさん、スライドを進めてください。


2  2011年当時の精神科病床数/10,000人
グラフ : 2011年当時のベッド数/10,000人


というわけで、これ(ベッド数のグラフ)がその後に続く長い改革の始まりでした。これはジャン・リュックがWHOで講演するときに好んで用いていたグラフです。当時は10万人当たり150ものベッドを抱えていて、言ってみればベルギーは本当にできの悪い生徒でした。今では反省して、前ほど心配ではなくなりました。システムを進化させてベッドを減らしたのです。経験から、ベッド数というのはそれほど重要ではないと言えます。


3    2011年当時の精神科病床数/10,000人
実際、『病床』と呼ぶものがそれで、それについての認識の問題です。そして、病院が自ら変容し、壁の外に出ることで、病床というものの認識を変容させることこそが重要で、病床という概念はそれほど重要ではなくなります。
しかし何よりも大切なことは、向き合い方の変化と文化的変容こそが、地域ケアへと進化しなければならないのです。


4  歴史的背景


2001: 生活の場での利用者に軸を置くアプローチ (在宅ケア)
2002: これからの精神保健ケア政策に関する共同宣言(病院法第11条(9)および第107条(97))
2007: ケア会議計画 : 利用者と親族の参加
心理社会的復帰


私たちは今、全ての領域において改革を進めています。既に児童、強制入院患者やシニア世代についても新たな施策を始めていますが、まずは成人の場合について振り返ってみることにしましょう。すでに2000年初頭から、在宅訪問看護と呼ばれる、利用者の生活の場でのケアに軸を移すという経験を積んでいたと言えます。
それと並んで非常に重要なのは、2007年のセラピープロジェクトと呼ばれるもので、それにより私たちはセラピープログラム、意見をきくということの真の意味を学ぶことになりました。つまり、利用者本人をケアシステムと考慮の中心に据えて、専門職の人たちがそれをサポートするべく配置されるということ、これは大変重要な要素でした。また、同時に全体系の構築と組織化、施策とケアシステムの再構築のために、利用者本人とその近親者の参加を求めたことも重要でした。と言うのは、それは正に彼ら自身の問題であり、彼らに関係することだからです。
それまでベルギーにおいてあまり進展していなかった点として大事なのは、心理社会的リカバリーという概念でした。つまり、人々の役割、社会参加、仕事を覚え社会復帰すること、価値ある社会的活動や趣味的な活動へのアクセスに関することなどです。今は我々の社会におけるそれらの人々の位置についても話すことができるでしょう。


5 国際的な経験


国際的な経験
入院期間の短縮
ケアの連続性(病院施設-日々の外来診療-社会的処方をつなぐ)
身近な場でのケア(生活圏内で)


この頃私たちは、一連の国際的な体験を積み重ねることに力を注いでいました。しかし、これらの体験がどんなによいものであっても、他の国の他の地域にそのまま導入することはできませんから、自分の国に合ったものにする必要があります。当時は多くの国々を訪問しました。当然ながら取り掛かりとして、リールで実現された取り組みを体験訪問したことを思い出します。その後スイス、イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、そしてケベックに至るまで様々な取り組みを訪ね歩きました。
さてこれらのことは、当初から各保健局と共に行っていました。これも大変重要な要素です。つまり政府の担当者自身が海外で起こっていることに興味を持っていたということです。まず第一に、入院期間を短くしたいと考えましたが、同時にケアの連続性をとても重視していました。つまり、施設、外来、そして社会的処方を繋ぐケアの連続性に特に焦点を当て、ケアを次第に身近な場所へ、本人が生きる場、生きて活動する場、本人の生活している場でのケア、生活圏内へのアウトリーチへと焦点を移していったのです。


6 文化的な面での進化
文化的な進化
精神保健における社会的問題の表出 
利用者と親族の立場
『患者の権利』の出現
社会的役割の評価、心理的社会復帰のコンセプト
市民社会と市民性の進化


その時までに数年をかけて文化的な進化を遂げていたことが指摘できるでしょう。利用者の地位という点でも、利用者の基本的な権利[2]という考え方が生まれ、利用者の心理社会的な存在価値が評価され、そして社会そのものにも進化があったと言えるでしょう。『市民権』という概念は、私たちの仕事を遂行するにあたり、考え方の基礎としてとても重要な概念のひとつです。


7 意思決定のプロセス
意思決定のプロセス
2009.9.28  公衆衛生大臣間協議、財政に関する病院法、107条施行 
2009.12.14 公衆衛生大臣間協議、行動とコミュニケーションに関する計画


ベルギーのことについて考える時には一つ理解しておいて欲しいことがあります。それは政治的な複雑さです。それについて深入りするつもりはありませんが、ベルギーには国の政治の他に、独立した地方毎の保健局があり、更にコミュニティ毎に精神保健の保健局担当があると言うことです。つまり、この仕事を遂行するにあたり、8人の官僚と3つの言語圏、フランス語、オランダ語とドイツ語圏があるということです。
このようなやり方はとても面白いと思います。もちろん複雑ですが、現場のモデルケースとしてとても興味深いものです。
「その複雑さこそがお互いの能力を補い合うものであり、私たちはそのためのコンセンサスという概念をもって働くことが可能なのだ。私たちはたとえ異なるレベルの機関にいても、『地域精神保健』、コミュニティアプローチという共通のビジョンを持って働くことができるのだ。」と。
今はコロナの最中ですが、そのような考えの元に常に2週間毎に、これらの異なる機関の間で公衆衛生の会議を続けています。どの機関にもそれぞれの役割がありますから、常に同じビジョンの中で合意形成をし、その仕組みが国レベル地方レベルにおいて共に推し進められなければなりません。地域精神保健への施策は、同じ目的を共有しつつ継続的な軌道の中で再構築されなければならないのです。
つまりこれが、これらの打合せにおける意思決定のプロセスなのです。


8    病院法に関する条文107号
『特定の取引条件のための財源を準備して、実験的な基礎の上に一定の期間内、ケアの循環とネットワークのために、そのプログラムに軸をおいた財源に充てることができる。』


さて、私たちはこの107号法について多くの議論を交わしました。107-G改革とまで呼ばれたものです。107号法というのは病院に関する条文を定めたもので、その当時経験ベースで行われていた従来とは異なる技法を、公式に導入するための様々な条項を定めるものでした。
正にこの法律によって「さて、こんな法律は未だかつて実施されたことはなかったぞ。この法律を活用して、病院に閉じろとも病床を失くせとも言わずに、少しずつ旧来の仕組みの一部である『病床』と呼んでいるものを変革し、違う形のネットワークを、より地域に根差したケアを、とりわけ医療的ケアの全てのプロセスに気を配りつつ、他の社会的プロセスのネットワークに徐々に組み込んでいこう!」と言えるようになり、私たちの仕事は進んだのです。


【参考】
病院に関する107号法 Scan0002.pdf (belgique.be) 
2011.6.6 (具体的な予算もhttp://www.psy107.be/index.php/fr/
2017.06.13_Présentation_de_la_réforme (similes.org)
Accueil - Similes (associationsimiles.org)


9  冊子、プルーガイド
2010.4.26, 公衆衛生についての大臣間協議、モデルの定義 -> ガイド


私たちは全ての関係機関と知恵を出し合い、共有すべきある種の戦略的なプランを作成しました。(活発に踊る人が描かれたロゴが見えると思いますが、独自の組織を有するブリュッセル、ワロン地域圏、フランドル地域圏とドイツ語コミュニティなど異なる地域のロゴが、連邦当局のロゴと並んで描かれています。)
戦略的プランのすべてが、2010年に一つの共通モデルとして『ガイド』と呼ばれる冊子に集約されました。今ではすっかりお馴染みとなって私たちの間で小さな青本と呼ばれています。この冊子には、財政面での再編やケアの再編、一人ひとりの研修と位置づけなどについて書かれています。それは全ての関係者を含む最低限の戦略的な計画書であり、私たちが進めようとしている共通の目的と方法を定めるものであることを、誰もが認識しているからです。
こうしてついに2010年4月26日、107リフォームと呼ばれる病院に関する条文により定められた成人のための精神保健ケア改革が始まったのです。


10 グローバルアプローチと統合
この改革は『グローバルアプローチ(包括的な参加)と統合』という概念に基づいて行われていますので、始めるにあたりまず、この『グローバルアプローチと統合』とは何か、を理解しておく必要があります。これはとても興味深いビジョンなので、私たちが行っていることの基礎には今でも常にこのビジョン、『グローバルアプローチと統合』があります。
それは、ある人にリカバリーと社会復帰が必要な時に、精神保健というのは資源の一部分でしかないという意味です。言い換えれば、政策として全ての分野を整合的に包括し、しかもそれぞれが呼応し合うような統合的なケアモデルを提示しなければならない、と言えます。
つまり、その人がリカバリーするのに必要なあらゆる関係者と機関を考慮に入れるということです。


11 グローバルで統合的な政策の定義と目的
『各々の分野の活動が、一つの政策の中で等しく呼応するように、
全ての分野を一つの政策に整合的に組み込む』


私たちは、どのようなモデルを導入すればいいだろうかと自問しました。そして現場の関係者と共にそのモデルについて考えました。なぜなら、全ては日常的に各々の現場関係者により実践が必要となるからです。関係者というのは一般総合医、病院の責任者、当事者団体、労働組合、各地域の保健ケアの代表者、また政治家は言うまでもありません。
私たちは問いました。『それぞれの地域において、困難を抱えている人たちのニーズに応える支援を見つけるために、充分な資源を整えるにはどうしたらよいのだろう』と。


12   5つの活動分野
最初に注目したのは5つの活動分野です。大事なのは、5つのサービスではなく『5つの活動分野』で、正に活動分野です。
私たちは、誰一人忘れることなく、より広い意味で完全に一掃したかったのです。どれかひとつのサービスに焦点を当てるために他を軽んじる、ということはしたくありませんでした。むしろ完全なモデルを実現するためには、ある地域に活動分野が5つ全て揃っていることが必要だ、と考えました。
では最初に、これらの5つの活動分野について定義しておきましょう。


13  5つの活動分野その1  プライマリーケア
その1 プライマリーケア = 精神保健の予防に関する活動、早期発見、検査と診断の確立


まず、一つ目は精神保健ケアの予防と啓蒙活動、早期発見、発見および診断に関する活動です。
振り向いて見ればそこには、ご存じのように各種精神保健サービスや各種診療所、児童のためのセンターや一般総合医その他によって、一連の自律的に資金が運用されている取組み、精神保健サービス、プロジェクトがあることに気づきました。
これらは全て精神保健のプライマリーケアに関わるもので、改革当初のプライマリーケアと専門的なケアの最前線にあったと言えます。この分野の仕事は数年でとても進化したことがご覧頂けると思います。というわけで、それが第一番目の活動分野になります。


14 5つの活動分野その2 : 社会的包摂、インクルージョン
その2 社会的包摂、インクルージョン
社会復帰と社会的包摂のために働くチーム


二番目の分野は、目的、ビジョンとして、社会参加と社会復帰、社会的包摂に携わる全てのチームやプロジェクトに関するものです。
知っておいて頂きたいのは、ベルギーには以前から再適応を目的とした施策、すなわち心理社会的再適応センターと、それを目的とするミッションに特化した社会福祉士、という制度があったことです。しかし、この分野にはその他にも沢山の領域があります。例えばジョブコーチング、趣味活動、フランスではGEM相互支援グループと呼ばれている精神保健サービス利用者のための自助的社会的活動、などがあります。
というわけで、二番目の分野は社会的包摂です。


15  5つの活動分野その3 : 集中ケアのための急性期病棟
その3 慢性疾患向けではなく、急性期の精神保健問題に応える、施設入院が不可避の場合の集中ケア
3番目の分野は病院です。
病院を完全閉鎖することに力を注いだ事例や国々を分析した結果、私たちはそれに対してはノーと結論し、総合病院の精神科と精神科病院を残すことにしました。むしろ少しずつ彼らのミッションを見直し、慣れ親しんだ病院文化、仕事習慣を一新し、病院を再編してより統合的なものへと進化させることにしたのです。


16 5つの活動分野その4 : 住宅
その4 自宅でのケアが無理な場合にも、在宅ケア計画が必要な場合にはケアの組み立てができるような、代わりの特設住宅の形成


4番目のタイプの活動です。地域コミュニティへのアウトリーチを模索する時に、地域に溶け込むためには住宅の確保は重要なポイントです。
当初からテキストは変わっていませんが、テキストを読み返してみると、『自宅での介護、療養計画を立てるのが困難なときでも、特別に設けられたケア住宅があればケアが可能になる。』とあります。しかし今では、その文言を書かなくてもよいほどになりました。というのは、今では、もっと先まで達成しているからです。
実際、ベルギーの様々な地域で様々なタイプの住宅が見られます。フランスで言うところのコミューン、地域においても住宅政策が行われています。また、単なる療養型からは既に脱し、今ではあらゆるタイプの住宅にプロジェクトを拡げようとしています。もちろん住宅問題は地域精神保健のアキレス腱であることは間違いありません。住宅を見つけるのが難しいことに変わりはないからです。


17 5つの活動分野その5 : 動きまわる移動チーム
その5 : 動きまわる移動チーム
クライシス時の集中ケアに対応する急性期移動チームと外来チーム
長期に渡りケアを必要とする利用者のための移動チームと外来チーム


5番目の活動分野は、107号法を運用した結果として得られるものです。先ほどお話した『地域内の住宅を部分的に改変した住宅提供の可能性』を思い出して頂けるでしょうか。
私たちが行ったのは、精神科病床に関する法律を改変することによって、精神科病床を、二種類の動きまわる移動チームに変換しました。ひとつは急性期に備えた集中ケアチームで、ここでは全てを定義することはしませんが、必要ならばまた後ほどいたしましょう。つまり、急性期の短い期間を担当し、在宅時のクライシスを減らすために介入するチームです。一度、二度、と言わず必要とあれば三度でも訪問して、生活領域から出なくて済むようにするためです。
もう一つは、長期に渡るケアを必要とする比較的安定した人たち、ケア住宅も入院も必要のない人たちをサポートするために動きまわるモバイルチームです。彼らはわずかに自律が欠けているのみで、この動きまわる移動チームはネットワークの他の機関と協力することによって、入院を回避し自宅で暮らしながら社会活動ができるようにサポートします。
というわけで、これらの移動チームは正に、病院に関する107号法を運用した結果実現する部分となります。
ですから最初は『ある地域に、補足的かつ充分となるように活動を補い合って、最小の条件を確実に満たし、あえて最小と言いたいのですが、活動とサービスの最小単位を整備する』という考えを前に進めたわけです。


....つづく
次はネットワークをどのようにして形成したのか、です。
お楽しみに!


(フランスDIU医療系大学間連携講座『地域精神保健』より
翻訳: 中村佳世、翻訳掲載許可済)


サラさんはこの図を逆さまに描きました。

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