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精神医療国賠訴訟第一審判決 高木勝己裁判長 2024.10.01

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高木 勝己 | 裁判官 | 新日本法規WEBサイト




令和6年10月1日判決言渡し

同日原本領収裁判所書記官

東京地方裁判所・令和2年(ワ)第24587号国家賠償法1条1項に基づく国家賠償請求事件

口頭弁論終結日令和6年6月18日


判決

当事者の表示別紙当事者目録のとおり


主文

1原告の請求を棄却する。

2訴訟費用は原告の負担とする。


事実及び理由


第1請求

被告は、原告に対し、3300万円及びこれに対する令和2年12月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。


第2事案の概要


1 請求の法的根拠

本件は、統合失調症との診断を受けた原告が、長期間にわたって意に反する入院生活を強いられたことにより精神的損害を被ったとして、国会議員、厚生大臣又は厚生労働大臣(以下、厚生大臣と厚生労働大臣を併せて「厚生大臣等」という。)には、精神医療に関する法令及び政策を改廃するなどの義務があったのに、これを怠ったなどと主張して、被告に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき、損害金3300万円及びこれに対する令和2年12月17日訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法(ただし、平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。


2 前提事実(証拠等を掲記したもの以外、当事者双方に争いがない。)


(1)原告

原告(昭和26年2月生まれ)は、統合失調症と診断され、昭和48年9月2日から平成23年3月11日までの間、福島県□□郡□□町所在の〇〇病院に入院した。その後、複数の病院への転院を繰り返し、平成24年10月22日、茨城県石岡市所在の△△病院を退院した。(甲A9)


(2)精神衛生法等における入院制度

ア 昭和25年に公布・施行された精神衛生法においては、①都道府県知事による入院措置と、②保護義務者の同意による入院(精神病院の長は、診察の結果精神障害者であると診断した者につき、医療及び保護のため入院の必要があると認める場合において保護義務者の同意があるときは、本人の同意がなくてもその者を入院させることができるというもの。以下「同意入院」という。)の2つの入院制度が規定されていた。この他、精神衛生法に明文の規定はないが、本人の同意による入院(以下「自由入院」という。)もあった。

イ 精神衛生法は、昭和63年、精神保健法に改正された。

精神保健法においては、①都道府県知事による入院措置と、②医療保護入院(概ね精神衛生法における同意入院に当たるもの。以下、同意入院と医療保護入院とを併せて「同意入院等」という。)と、③任意入院(以下、自由入院と併せて「任意入院等」という。)の3つの入院制度が規定された。

ウ 精神保健法は、平成7年、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という。)に改正された(以下、精神衛生法、精神保健法及び精神保健福祉法を併せて「精神衛生法等」という。)。

精神保健福祉法においても、概ね精神保健法と同様に、①都道府県知事による入院措置と、②医療保護入院と、③任意入院の3つの入院制度が規定されている。


3原告の主張


(1)原告の入院期間における入院形態について

原告は、昭和48年9月2日から少なくとも平成15年4月30日までは、保護義務者である父などの同意による同意入院等という形態で、原告の意に反して強制入院させられた。


(2)国会議員の立法不作為について

ア 同意入院等の改廃義務違反について

同意入院等は、①その目的が精神障害者を隔離収容することにあること、②支援を尽くしてもなお本人が入院の是非を判断できない状態になくても、本人の意に反する強制入院を認めるものであること、③医療保護入院の要件である「医療及び保護のために入院の必要がある」ことにつき何ら判断基準を設けず、その判断をする1名の指定医に広範な裁量を与えており、判断の客観性が担保されていないこと、④入院期間の定めが設けられていないこと、⑤昭和62年改正により、精神医療審査会による入院の必要性等に関する審査制度が導入されたが、これも簡易的な書面審査にとどまり、患者のための権利擁護手続きとして機能していないこと、⑥保護義務者の希望や負担を理由に、患者の入院を漫然と継続させている実態があることなどに照らし、憲法で保障された人身の自由(憲法18,31,33~39条)や居住・移転の自由(憲法22条)、根幹的な人格権(憲法13条)を不当に侵害するものであるし、精神障害のある者に対する合理的な理由のない差別として、法の下の平等を保障する憲法14条にも違反する。

同意入院等は、1960年代からその運用が問題視されるなどしていたことからすると、どんなに遅くとも平成11年までには、精神衛生法等を改正して、同意入院等を改廃すべきであったのに、国会議員はこれを怠ったものであって、かかる国会議員の立法不作為は、国賠法上違法である。


イ 任意入院の改廃義務違反について

任意入院も、①真の任意性を担保する仕組みがなく、その任意性を判定する基準も存在しないこと、②退院の申し出があった場合であっても、一定の場合は退院が制限される旨の規定があること、③任意入院といっても、閉鎖処遇が多用されているのに、入院の必要性について定期審査を行う旨の規定がないことなどからすると、昭和62年の精神衛生法改正時に、任意入院制度を新設した時点において、同意入院等と同様に憲法に反するものであったのだから、直ちに精神保健法又は精神保健福祉法を改正して、任意入院制度を改廃すべきであったのに、国会議員はこれを怠ったものであって、かかる国会議員の立法不作為は、国賠法上違法である。


(3)厚生大臣等の不作為について

ア 精神科特例について

厚生省は、昭和33年10月2日付け厚生省発医第132号各都道府県知事宛厚生省事務次官通知(以下「精神科特例」という。)を発出し、精神科病院について、他の診療科の一般病院と比較して、医師の数を3分の1看護師の数を3分の2でよいとした。この結果、精神科病院においては、人手不足により患者の意向に沿った治療が困難となり、適切な治療がされれば在宅生活に移行できるはずの患者を長期入院させることになった。したがって、精神科特例は、患者の安全かつ適切な医療を受ける権利を侵害し、不要な入院を継続させるものであるから、憲法13条及び25条に違反し、また、他の医療との区別に合理性はなく憲法14条にも違反する。

しかるに、厚生大臣等はこれを漫然と放置し、昭和62年の精神衛生法改正時においてもこれを撤廃しなかったことは、その裁量権を逸脱したものであって、国賠法上違法である。


イ その他の精神医療政策に関する不作為について

厚生大臣等は、長年にわたって、同意入院等の本人の意思に基づかない強制入院を強いる隔離収容政策を行い、多くの患者に対して、継続的で極めて重大な人権侵害を行ってきたのであるから、条理上の作為義務として、①精神医療について入院治療から地域医療へと政策を転換すべき義務、②精神科病院に対する指導監督義務、③入院治療の必要がないのに入院を強いられている人に対する救済義務違反があったのに、これを怠ったものであって、このような厚生大臣等の不作為は、国賠法上違法である。


(4)原告の損害

ア 慰謝料等3000万円

原告は、国会議員又は厚生大臣等の不作為により、その必要もないのに長期入院を強いられた結果、地域社会での生活の機会やその自由を約40年間失い、人間としての尊厳を奪われるなど、取り戻すことのできない損害を被った。その慰謝料等の金額は、3000万円を下らない。


イ 弁護士費用300万円

ウ 合計3300万円


4 .被告の主張

原告の主張は争う。


第3 当裁判所の判断


1原告の入院形態が同意入院等であったか否かについて

(1)原告は、昭和48年9月2日から少なくとも平成15年4月30日までは、保護義務者である父などの同意による同意入院等という形態で、原告の意に反して強制入院させられたと主張し、その根拠として、①〇〇病院への入院時には、精神衛生法における入院制度としては「都道府県知事による入院措置」と同意入院の2種類しか存在しておらず、自由入院した者に対しては精神衛生法による行動の制限等を行うことはできないものとされていたのに、〇〇病院の医師は、退院を希望する原告に対し、保護義務者である原告の父が了解しないと退院できないと繰り返し説明していたこと、②〇〇病院の入院診療録(甲A16)には、「保護義務者が父親であることから、病院側からも働きかける必要があるか」との記載がある(甲A6[144頁〕)ほか、「保護者」として原告の義母の名前が記載されており(甲A1[1枚目]、6〔15頁〕)、原告の入院が、これら「保護義務者」の同意によるものであったと見るのが自然であること、③上記入院診療録には、「武蔵野中央病院(同意)、48. 5月より3ヶ月入院その後、当院に紹介され入院」と記載されており(甲A6〔14頁〕)、〇〇病院に転院する前の病院での入院形態は同意入院であったことが明らかであって、〇〇病院に転院する際に入院形態を変更する必要があったとは考え難いこと、④上記入院診療録の「傷病名」に2か所「統合失調症」と記載され、その一方の「転帰年月日」には平成15年4月30日と記載されているのに対し、他方の「転帰年月日」は空欄となっており(甲A1〔7頁〕)、前者は同意入院等の終期と考えられること、⑤原告自身、自身の入院は父の同意によるものであると認識していることなどを挙げる。


(2)しかしながら、上記(1)①・③・④の点は、それ自体、原告の〇〇病院への入院形態が同意入院等であったことを裏付けるものということはできない。

上記(1)②の点は、平成25年法律第47号による改正前の精神保健福祉法において、保護者は入院形態にかかわらず存在していたのであって(乙20[1099頁〕)入院診療録に「保護義務者」「保護者」の記載があることが、原告の入院形態が同意入院等であったことを裏付けるものということはできない。

上記(1)⑤の点も、原告は、父や医師などから原告の入院形態について説明を受けたことはなく、原告自身、自分の入院形態が同意入院等であったのか、任意入院であったのか一切分からない旨を述べているのであって(甲A9[6~7頁〕原告本人[26~27頁〕)、原告の認識から原告の入院形態を推知することはできない。

(3)他方で、〇〇病院の入院診療録(甲A1、6)にも、△△病院の退院証明書(甲A2)にも、原告の入院形態が同意入院等であったことを示す記載は存しない。

むしろ、医療保護入院については、平成11年法律第65号による改正後の精神保健福祉法では、指定医が診療録に定期病状報告を記載する義務が定められていたのであるから(乙20〔161~162頁〕)上記改正後も原告について医療保護入院がとられていたのであれば、上記定期病状報告の記載があるはずであるが、上記入院診療録にはその記載も見当たらず、少なくとも上記改正後の入院形態は医療保護入院ではなかった可能性が高い(上記入院診療録は昭和63年3月以降のものが提出されているが、同月から平成11年までの間に入院形態が変更されたことをうかがわせる記載がないことからすると、昭和63年3月以前から任意入院等の形態がとられていた可能性も否定できない。)。

(4)結局のところ、昭和48年9月2日から少なくとも平成15年4月30日までは、保護義務者である父などの同意による同意入院等という形態で、原告の意に反して強制入院させられたとの原告の上記(1)の主張は、これを認めるに足りる証拠がないものという他ない。

したがって、原告の入院形態が同意入院等であったことを前提として、国会議員が同意入院等の改廃義務を怠った旨の原告の主張は、その前提を欠き、採用できない。


2 国会議員又は厚生大臣等の不作為により、その必要もないのに長期入院を強いられたとの原告の主張について

(1)上記1のとおり、原告の入院形態が同意入院等であったか否かは不明という他なく、したがって、原告の入院形態が任意入院等であったか否かも不明であるものの、原告は、結局のところ、国会議員又は厚生大臣等の不作為により、必要もないのにその意に反して長期入院を強いられたことをもって、国賠法上の違法と主張しているものと解される。

(2)しかしながら、原告は、〇〇病院への入院当初、妄想の症状があった(原告本人〔5頁〕)他、〇〇病院への入院期間中である平成2年9月3日には「時々病気が再発するんだ」「誇大的な妄想が出てくるんだ」「おれは伊達政宗の子孫だなんて思ってしまうんだ!」などと述べ(甲A6〔53頁〕)、平成3年10月30日には「薬減らした時は怪可しかったんだ、余りドラマ見ないようにしてるの、伊達正宗になっちゃって、云い触らしたの、いつでもそうなんだ、偉い人の親戚になったような気がして、でも病識があって自分で全部覚えてるんです、それでも自分で止められないんだな」などと述べた(同〔71頁〕)。

また、〇〇病院の入院診療録上、平成5年5月5日には「一年に一回なぜか悪化する」(同〔85頁〕)、同年12月1日には「今年は去年のように急性増悪期がなくて済みそうである」(同[88頁〕)などと記載がある他、原告は、平成元年3月に保護室に入り(同[67頁〕。原告は、その理由について、「妄想、(中略)偉い人の親戚になったような気がして、前に東京に居た時も天皇の親戚だと云って、いつも同じなんですよ」と述べた。)、平成16年1月末から2月末頃までにかけて、不穏多動・幻覚妄想があるなどとして、計5回の一時的な隔離措置をとられている。(同[172~173、177~180頁)

以上のとおり、原告には、統合失調症によるものと考えられる妄想等の症状があり、周期的に病状の悪化と軽快を繰り返し、時に症状の急激な悪化があった事実が認められ、入院の長期化は、こうした原告の症状のためであった可能性がある。

そして、統合失調症などの精神疾患を有する患者については、他の疾患と異なり、その症状・病状による影響で判断能力自体に不調を来すことがあり、患者本人が適切な判断をすることができず、自己の利益を守ることができないと医学的な見地から認められる場合には、本人の利益を守るために、本人の同意がなくても入院が必要になる場合があり得ることは公知の事実というべき事柄であって、原告の症状のために入院が長期化したのだとすれば、それは、同意入院等や任意入院等といった制度の問題であるとも、精神医療政策の問題であるともいうことはできない。

(3)また、原告は、父から、平成3年10月30日以前には「誰が見ても快くなったら退院させてやる」と言われ(甲A6〔71頁])、平成4年1月8日には「みんなが観て時男快くなったなと云ったら退院させてやる」と言われていたものの(同〔73頁])、一方で、「家の事情も考えてみろ、母さん(義母)にお前のことで出ていくなんて言われたら父さん困る、がまんしてくれと」と言われていた(甲A9〔8頁〕)。

平成12年2月に父が死亡した(原告本人〔20頁〕)後である平成15年10月21日に、原告の義母及び義弟が〇〇病院側と話合いをした際のやりとりについて、〇〇病院の入院診療録には、「退院については、病院の方で任せるとの由。但し、退院後も会津への来ない様してほしい。以前より、時男の将来については危惧していたが、義母側としては、どうして良いか判断に迷っていたとの事」との記載がある(甲A6[167頁〕)。

以上のとおり、原告の退院について家族は消極的な意向を示しており、このため、〇〇病院において退院先の調整ができず、退院の手続がとられなかった可能性がある。

〇〇病院において退院先の調整ができなかった結果、原告の入院が長期化したのだとしても、それはやはり、同意入院等や任意入院等といった制度の問題であるとも、精神医療政策の問題であるともいうことはできない。

(4)原告は、当初は退院したいとの意向を明確にしていたものの(甲A6[116、123頁等))、平成11年7月17日には「1週間前ぐらいから栄養作業休んでます。(中略)毎日、皆とレクに参加してます。絵を描いたり、音楽を聴いたりして過ごしてます。」(甲A6[128~129頁〕)と、同月26日には「作業はずっと休んでいます。もうやめるつもりです。今の方が毎日楽しい。皆とやることがたくさんある。作業はたいへんでした。」(同〔129頁〕)と、同年9月11日には「退院して働くよりも入院している方が楽だ」「生活には障害者年金のため、困らない」(同[130頁〕)と、同年10月19日には「父親はボケて会津の施設に入ってしまいました。退院して働く夢はもう、なくなりました。栄養作業するより、毎日レクやOTをして楽しく暮らそうと思って。」(同〔131頁〕)と述べており、この頃には、〇〇病院で入院生活を継続することを自ら選択するに至ったものと考えられる。

この点について、原告は、「施設症に陥ってたから、そんなことを言った。」

と供述するが(原告本人〔32頁等])、他方で、入院している方が楽だという気持ちになっていたとも供述しており(同〔33頁〕)、原告の上記選択は、消極的なものであったとしても、原告自身の意思による選択であったと見るのが相当である。

(5)任意入院等においては、本人が退院を申し出た場合、その者を退院させなければならない(任意入院についてはその旨が明示されているが(精神保健福祉法21条第2項等)、この理は、自由入院であっても全く同様である。)。

同意入院においては、入院後の都道府県知事の審査による退院命令の制度(精神衛生法37条1項)が設けられているのみであるが、医療保護入院においては、退院等の請求制度(精神保健福祉法38条の4等)が設けられており、都道府県知事は、退院等の請求を受けたときは、当該請求の内容を精神医療審査会に通知し、当該請求に係る入院中の者について、その入院の必要があるかどうか、又はその処遇が適当であるかどうかに関し審査を求めなければならず、精神医療審査会の審査の結果に基づき、その入院が必要でないと認められた者を退院させるなど必要な措置を採ることを命じなければならないものとされている(同法38条の5等)。

もとより、任意入院等している者であれ、同意入院等している者であれ、違法な拘束については人身保護法による救済の途は当然開かれているし、弁護士に救済を求めることなども何ら妨げられるものではない。

しかるに、原告は、退院したいとの意向を〇〇病院の職員に伝えてはいたものの(原告本人〔10頁〕)、退院等の請求をしたり、弁護士に救済を求めたりすることはなかった(同〔20頁))。

(6)上記(2)~(5)のとおり、原告の入院が長期化した原因として、原告の症状のためであった可能性や、家族が消極的な意向を示しており、このため、〇〇病院において退院先の調整ができず、退院の手続をとることができなかった可能性が考えられる他、平成11年7月頃以降の入院は、原告自らの意思で選択されたものであるものと認められる一方、原告は、精神衛生法等の関係法令で認められた救済措置等をとることがなかったのであって、国会議員又は厚生大臣等の不作為によって、原告が必要もないのにその意に反して長期入院を強いられたと認めることはできない。


第4結論


よって、その余の点を検討するまでもなく原告の請求は理由がないから、主文

のとおり判決する。


東京地方裁判所民事第12部


裁判長裁判官 高木勝己


   裁判官 秋山沙織


   裁判官 三井みのり

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