~~ 市民による地域精神保健 ~~ 

- 健康は権利 - (無断転載はお断りします) 中村佳世

基調講演 木村朋子『東京の精神医療体制を問う』 なぜ滝山病院事件は生み出されたのか

gigiegugu

『東京の精神医療体制を問う』

〜なぜ滝山病院事件は生み出されたのか〜

基調講演 木村朋子さん

(資料写真添付 4-1, 2, 3, 4, 5, 6)


木村です。

まず自己紹介しますと、1981年に松沢病院PSW室に入職し、以後45年間精神科のソーシャルワーカーとして働いてきました。現在の職場は東京、立川にあるにしの木クリニックという精神科外来診療所です。日常業務の他に、東京精神医療人権センターの相談員やミニコミ「おりふれ通信」の編集をしています。

「滝山病院にアクセスする会」や「地域でくらすための東京ネットワーク」の中心的活動メンバーでもない私が、なぜ今日の基調講演をお引き受けすることになったかといえば、資料1にある東京新聞・中日新聞のインタビュー記事が理由です。今日司会をしている加藤眞規子さんに「あの記事の内容を話せばいいのよ」と説得されたのです。

東京新聞

精神医療を変える原動力に 全国の人権センターが取り組む「630調査」の情報公開請求 その現在地とは :東京新聞デジタル

中日新聞

精神科病院は開かれるか? 田原牧・論説委員が聞く:中日新聞Web

記事でお話ししている内容は、「東京都地域精神医療業務研究会(略して東京地業研)」で長年話し合い、やってきたことです。新聞記者の田原牧さんが聞き上手、まとめ上手で、わかりやすく、説得力ある内容になっていると感謝しています。


 その東京地業研ですが、1970年代から90年代にかけて、まさに今日の集会テーマである「東京の精神医療体制を問う」という活動をしてきたと思います。メンバーは精神科医の藤沢敏雄代表を中心に、保健所、病院、福祉事務所で働く人で、私は松沢病院に入職した1981年に先輩の高橋一さん(高橋さんも昨年亡くなられましたが)に誘われて参加して以来のメンバーです。ちなみに地業研は今でも細々と毎週月曜日に例会を持っています。

 地業研は、1976年6月の「東京の精神医療に関する我々の『当面の見解』」をはじめ70年代から80年代にかけて、いくつもの見解、要望書を公にして、繰り返し東京都に押しかけてやりとりしていました。1988年10月発行の雑誌「精神医療」に藤澤敏雄が地業研の提起をまとめています。資料2です。


(1)東京の精神病院は極端に偏在しており、医療の一貫性を保ち、地域医療を展開するにはきわめて不十分な状態にある。

(2)しかも、東京西部及び北東部に偏在する精神病院群は、閉鎖性、収容所性が強く長期収容を必然的にもたらしている。

(3)そのため、東京の精神医療は、南⇔北、東⇔西のあいだの「ピストン精神医療」となっている。

(4)この状態は、これまでの国の精神医療政策の結果ではあるが、都民のために東京都はその改善に積極的にとり組む責務がある。

(5)そのために、主として東部にある都立総合病院のすべてに、外来はいうまでもなく、小規模精神科病床を必置し、夜間・休日の救急医療と、合併症治療を担いうる地域精神医療の拠点とすべきである。

(6)この際、都立松沢病院の巨大化をやめ、東京の東南部、江東地区などへの小規模精神病院の新設を行って、松沢病院を分散縮小することが重要である。

(7)さらに、残された精神医療機関の空白地区には、都立精神科有床診療所を設置すべきである。

(8)また、長期在院者などのリハビリテーション活動のために作られたという当時の世田谷リハビリテーションセンター(現中部総合精神保健センター)は、一点豪華主義で、それにつぎこむ資金とマンパワーの無駄づかいであり、小規模センターの分散設置が必要である。そして、精神病院のもつ公益性(拘禁の権限をもつ施設であること)からして、利用者の便を考え、個別精神病院の情報を公開すること。


 これは40年近く前の提起ですが、精神科病院の八王子・青梅地区への偏在は変わらず、それら地区の病院には今や明らかに「後方病院」として、長期収容を目的とした病院が少なくないこと、ピストンとして南の大田区から滝山病院に多くの人が入院していた事実など、今でも十分通用する内容。それどころか、都立病院は独立行政法人化し採算性を上げることに必死な状態で、町田市民病院など公立病院の精神科病床は閉鎖され、公的病院に小規模精神科病床をという主張と逆行する流れ。また一点豪華なリハビリテーションセンターとされた中部センターは今や宿泊部門は不採算として閉鎖され、リハビリというより役所としての性格を強めているという状況です。


 要求項目の最後に精神科病院の情報公開がありますが、これは東京地業研の始まりからの課題です。地業研は1973年の全国精神衛生実態調査の反対運動を機に発足した保健所、病院の精神医療従事者の集まりで、ひっそり暮らす地域の患者をあぶりだす人権侵害の調査より、政府が調査し改革すべきは収容所的精神科病院の実態であるという主張でスタートしたということです。

 東京都は、国が630調査を始める以前から東京都精神病院統計を毎年都内の精神科病床を持つ全病院から集めていました。この情報公開を求めて、なかなかかなわず、1985年東京都情報公開条例が施行されたのを機に、条例に基づく開示請求をしました。都は非開示決定、私たちは不服を申し立て、都は公文書開示審査会に諮問、審査会は双方に意見書を提出させ、都と私たちを別々によんで、意見聴取を行いました。

これが1986年、なんとちょうど40年前ですね、8月の暑い日で、精神医療には素人の審査委員の方々の中には居眠りをされる方もいました。しかしこれは私たちのプレゼンテーションのまずさで、何年か後、奈良県の情報公開審査会で元新聞記者でもある家族会の小林時治さんが、「ここにおられる審査委員の先生の中で、実際に精神科病院の中にお入りになったことがある方はいらっしゃいますか?」と問いかけたところ、審査委員たちはシャキーンとして注意を向けたというお話がありました。プレゼンの拙さもあってか、審査結果も非開示。1987年9月行政処分の取り消しを求める裁判に進み、紆余曲折があり裁判は和解となって、結果開示されました。

 

 審査会の体験についてお話したのは、東京都ではこの時はアリバイ的であってもこのように口頭意見陳述の機会がありましたが、その後件数が多すぎるという理由で長らく書類審査のみとなっているからです。情報公開は民主主義のバロメーターという言葉がありますが、その点で東京都の情報公開条例の運用はお寒い状況といえます。これに比べてさいたま市の審査会の意見聴取の場では、審査委員がこちらの出した資料をよく読みこんでいて、情報公開に向けた方向で熱心に質問してくれ、それがより詳しい説明をする機会ともなってうれしい驚きだったと「埼玉県の精神医療を考える会」から聞いています。結果、審査会は資料2にあるように、とても良い内容の答申を出しました。


• 医療法人に関する情報は、医療が生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とするものであり、医療の提供は良質かつ適切なものであることが求められていることから、ほかの種類の法人の情報とは別異の考察が必要である。

• 医療における中心的な存在は患者でありその家族である。患者及びその家族には、自らの判断で医療機関を選び、十分な情報を得たうえで治療方法を選択する権利が保障されていなければならない(それは日本国憲法第13条幸福追求権及び第25条生存権に基づく)。そのためには、病院情報が広く公開されることが必須である。

• 医療機関にとっても、患者及び家族の選択を通じて医療の質を吟味され、治療構造の見直しを通じて良質な医療の確保につなげていくことが可能になる。

• さらに、当該病院は、精神保健福祉法に基づき、強制入院や在院患者に対する行動制限あるいは身体の自由を制限する権限を与えられており、その存在は高い倫理性が期待されているのであるから、それに照応した情報の公開が求められることは不合理ではない。

 

 この答申によって非開示だった2019年の630データが公開されたのでした。しかし昨年設立間もない千葉精神医療人権センターが、千葉県、埼玉県の630情報公開をしたところ、千葉県非開示、そして埼玉県も「開示によって病院からの回答率が下がった」という理由で何と再度非開示という逆戻りな結果となり、現在再び審査会にかけているところです。東京は裁判によって情報公開されて以来、毎年開示請求をし、当たり前のように入手していますが、そういう自治体はほかに神奈川、大阪等限られており、全国的に見れば、千葉、静岡、北海道など熱心に開示請求にとり組む人がいても、ほとんど黒塗ののり弁状態だったり、病院名など個別病院を特定しうるデータを抜かして開示するなど、役に立つ情報公開となっていない自治体の方が多いのが実情です。


 さて、情報公開の話を長々したのは、滝山病院の問題性がわかったのがこの630統計の情報公開によってだったからです。私たちが初めて東京精神病院統計を入手したのは1987年統計でした。資料4-1が情報公開された病院データの第1頁です。

     4-1

資料4-2にあるように、当時からから滝山病院は、年間退院者169人のところ死亡退院者が121人、死亡退院率72%と目立っていました。

      4-2

      4-3


4-3が毎年の630から死亡退院率の年次推移を表にしたものです。1997年~2000年にかけて埼玉県の朝倉病院に患者さんを回していた時期は低いですが、2001年に朝倉病院が廃院になって以降また60%台になっています。

 

       4-4

 これらは資料4-4のような2016年まで東京都が国の630に併せて徴収していた6月30日現在のみでなく、年間の動きがわかる表で知ることができましたが、2019年以降は、東京都の調査表がなくなり、6月1か月退院者の死亡率しかわからなくなったので、数字のばらつきが大きくなっています。

 NHKの「ルポ死亡退院」は、滝山病院のこの一貫して異常に高い死亡退院率というデータから取材が始まったものでした。


   4-5

 次に4-5を見てください。これは現在の630調査票33で、手に入る一番新しい2024年6月30日の入院者の住所地と生活保護受給の有無の一覧です。事件発覚前の2022年には入院者数152人で生活保護を受けている人とそうでない人がほぼ半々でしたが、2024年には入院者数42人、そのうち生活保護の人は10人、4分の1と、さすがに減っていますね。2016年までの630にも入院者の居住地別統計はありましたが、生活保護受給の有無と掛け合わせた表はありませんでした。これはどこの福祉事務所が各病院に患者さんを送っているかを明らかにする役に立つ表で、事件後このデータをもとに各自治体への働きかけを行いました。

 特に神奈川県では、滝山病院「かながわ」退院促進実行委員会が議員とともに入院者の出身自治体への働きかけを行い、自治体側も神奈川県や川崎市などが協力的であるという報告がありました。

      4-6


 このように滝山病院事件を明るみに出すにあたって、630データは大きな働きをしました。長年630を見てきたことが役に立ってよかったという思いと、取材を受けた若い記者に「そんなに昔から問題がわかっていたのに、どうして今まで何ともできなかったのでしょうか?」とまっすぐな瞳で問いかけられ、たぶん彼女が生まれる前から私たちは精神病院統計を毎年見て、滝山の死亡退院率の高さや、合併症患者を受け入れているから死亡退院率が高くてもしかたがないという擁護論を医師や常勤看護師が手薄な態勢で合併症にきちんと対応できるはずがないと問題にし続けてきたのに、ほんとになぁという思いがありました。

 精神医療業界の外へ発信する力が圧倒的に弱かった。またマスコミをはじめ精神医療の外の人たちも精神病院に寄せる関心が弱かったというのもあると思います。

 さらに滝山病院事件では、発覚前から東京都に対し患者虐待通報はあり、都は4回も調査に入ったにもかかわらず、何も発見できなかったことが問題になり、予告しての書類中心の調査では限界があると言われました。


 これについて情報公開の面から言うと、奈良県では2000年頃から精神科病院立入検査・実地指導の結果、また検査に基づく病院への指摘事項までが公開されています。私たちも東京でやってみましたが、黒塗りのまるで役に立たないものしか開示されずあきらめてしまいましたが、全国で奈良県のように開示され、患者・家族・一般市民誰でもが、行政による病院立入調査の結果を見ることができれば、かなりのチェック効果が期待できると思います。

 

 行政以外の病院訪問調査も意義あることです。私たち東京地業研でも、病院統計の数字だけではわからない‥と無力感にとらわれ、1999年~2000年と2004年~2005年の2回、東京精神医療人権センターと共同で訪問調査をし、「東京精神病院事情(ありのまま)」1998年版と2003年版にまとめました。

https://tokyo-seishin-iryo-jinken.jimdofree.com/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E5%8C%BB%E7%99%82%E6%A5%AD%E5%8B%99%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A/

 また2016年には病院・地域精神医学会の多摩大会の実行委員会とタイアップして八王子、青梅、多摩市の精神科病院を訪問調査したこともありました。いずれも得るものは大きかったですが、なにせ病院訪問調査は一大事業でエネルギーと勢いがいります。若い人がやってくれれば協力くらいはできるのになぁというのが、今の正直な気持ちです。

 現在、大阪の人権センターは療養環境サポーター「制度」として、精神科病院に訪問しその結果を公にしていますし、神奈川の人権センターKPも、精力的に病院を訪問して冊子にまとめ、公表しています。

 ここまでのことをまとめると、要するに精神科病院に外の目が入ること、風通しがよくなること、病院の中からも外へ発信があること、通信面会の自由、そういうことがとてもとても大切ということです。

 1984年に明るみに出た栃木県の宇都宮病院でも、きっかけの一つが通信手段のなかった入院中の患者さんが、病室の窓からSOSのメモを外へ向かって投げたことだったと言われています。当時「ハトを飛ばす」と言われていました。

 滝山病院でもNHKの番組で惨状を知った弁護士が、滝山病院入院者の成年後見人をしていたため、びっくりして患者さんに会いに行き、「ここにいたくない」という意思を確認できたもののどうしていいかわからず、東京精神医療人権センターに相談してきたということがありました。この人は無事別の合併症対応のできる病院に転院しましたが、これも外から人が入って患者さんの意思の実現を助けたからです。

 

 それで言うと、東京都は事件後数か月で患者さんの転退院の意向調査をしておきながら、その後のフォローを病院任せにしたのは、犯罪的と言っていいほどの不作為、無責任と思います。あの病院で退院したいと希望するのも勇気がいることだったと思います。  

 ほんとは退院希望だったけど言えなかった人もおられたと思います。がんばって早い段階で退院を希望していたのに、1年たっても、2年たっても希望が実現されない、アクセスする会の伊澤さんや細江さんたちがたまりかねて「退院を手伝わせてくれ」と病院へ行っても、患者さんに会わせてもらえず、ひどい時は110番されたということもありました。希望者の全員退院まで、東京都の責任も含めて追求していくべき問題と思います。


 少しいいことで言えば、滝山病院では事件後、院内の虐待防止委員会に外部の専門職団体や家族会から委員が入ったことは他の病院にも広げるべきことですね。年度替わりで終わってしまうのではないかと危惧する声もあるようですが、年末の東京都精神保健医療課との話し合いでは、「終わるとは聞いていない」そうなので、是非他の病院でも意味ある会議に外部の委員の参加を求めてほしいし、義務化してほしいと思います。

 ただ最近、書類や会議の種類ばかり増え、形式・アリバイのみで、病院内では肝心の患者さんに関わる時間が減っているとも聞きますので、そこの兼ね合いは考えなければいけないと思いますが。

 

 虐待防止ということについては、障害者虐待防止法の中で精神科病院における患者虐待も取り扱われるべきだという議論があったにもかかわらず、別建てのまま前回の精神保健福祉法改定で、精神科病院内で職員による患者虐待の通報義務が規定されました。

 2024年度から始まったので、初年度の結果が東京都福祉局のホームページなどで公表されていますが、東京都では精神科病院内の虐待を目撃した人からの通報が125件、虐待を受けた人からの通報が577件、うち虐待と認定されたのが24件、内容は身体的虐待20件 心理的虐待6件 放棄、放置(ネグレクト)2件で、東京都では虐待と認めた24件について、病院に改善計画の提出を求め、訪問により改善状況を確認しているとのことです。

 虐待と認めた例については、個別病院名や虐待種別、改善状況までを公表すべきと思います。


 滝山とは離れますが、精神科入院中もスマホが持てるというのも、通信面会の自由にとって大きなことと感じています。昨年3月31日の厚労省通知「精神科病院における携帯電話やスマートフォンの取扱いについて」は「近年の携帯電話やスマートフォン(以下、「携帯電話等」とする。)の普及状況等を踏まえると、基本的には、精神科病院の入院患者が、可能な限り、携帯電話等を自由に使用できることが望ましいと考えられる」と良い内容でした。


 これは厚労省から自然に出てきたわけではなく、兵庫県精神障害者連絡会の高見元博さんたちが県内の精神科病院にアンケートや聞き取り調査をし、結果を踏まえて院内集会を開くなど厚労省に要請、都議の上田令子さんもそれよりかなり前の2023年の滝山病院事件都議会内集会でも精神科病院内スマホ自由化を発言されていました。こうした運動や働きかけがあってこその厚労省通知と思います。 

 現実に東京精神医療人権センターでも、入院中の人がスマホを使って人権センターのホームページを見つけ、スマホから「退院したい」という相談電話をかけてくる人が増えています。

 これがいわゆる「良い病院」退院促進に熱心で患者の権利への配慮もある方の病院でない病院、旧態然とした収容型長期入院病院でもスマホが自由に使えて電話をかけてくるということが見られます。それだけスマホがなくてはならないものになっているということかなと思います。

 

 まとめに入ります。冒頭で40年近く前の東京地業研の「当面の見解」以降、事態はちっとも変っていないと言いましたが、精神科ベッドが非常に多く、長期入院者が依然として多い事態は変わりませんが、地域はこの40年でかなり変わったですよね。

 80年代に私が松沢病院で退院のケースワークを受け持った人は、二十歳から60才まで40年間入院していた天涯孤独の男性でした。

 退院となって福祉事務所へ電話しょうと言ったら、病棟に公衆電話はありましたが、それまで電話をかける先もなく、かけたことがない、アパート探しに電車に乗って出かけるとき、切符の自動販売機に驚き、窓口の駅員さんから買うのでないとわからないと言うという具合でした。入院から一人暮らしに移るというただでさえ不安な状況なのに、戻るべき社会は知っているところとは全く違った様子になっている…長期入院がどんなに人を浦島太郎のようにするかということを身をもって教えてくれた人でした。

 それでも退院当初は生活を楽しみ、「もう少し退院していていいなら、自転車を買っていいですか?」と主治医に聞いて、自転車を買ってあちこちでかけたりもしていました。この人は退院後数年して、「一人で何もかもする生活に疲れた」と言われ、救護施設に入所されました。今ならヘルパー、訪問看護、宅配弁当、社協のあんしんサービスの訪問などなどがありますが、当時は本当に一人で何もかもしなければなりませんでした。

 

 病院協会は退院させられない理由として「地域の受け皿がない」と言ってきましたが、たしかに以前は受け皿がなくて、彼のように一人暮らしに疲れて施設入所を選ばざるをえなかった人もいました。しかし今は違います。病院は治療が必要な最短期間の入院を引き受け、できるだけ早く地域に帰るのが患者の権利と言えるようになってきていると思います。

 

 資料5は、先月号のおりふれ通信 http://orifure-net.cocolog-nifty.com/ の加藤眞規子さんの文章ですが、今回の集会を、この時期に八王子でやろう!と発起した加藤さんの思いを書いてもらったものです。その思いを今日集まった皆さんと共有したいと思うのと、そこにあるように、国連障害者権利条約をはじめとする国際基準を指標としようという古くて新しい提起を再度確認したいと思いました。世界有数の精神病床をもつ日本の精神医療は、世界的には決して当たり前の姿ではないということを頭に置いて、考えていく必要があると思います。日本の常識は世界の非常識と言われるくらいです。


 そして最後です。障害者権利条約制定の過程でも当事者の「私たち抜きに私たちのことを決めないで」という声がキーワードになったように、もう一つの原動力は当事者の存在、主張です。この滝山病院事件を巡るこの間の運動でも、2024年10月に八王子駅前で行った街頭署名活動に多くの当事者が参加されました。

 当事者として世の人に訴える、その姿が人々に見えるという意味はとても大きいと思います。小さな例ですが、私が長年参加しているおりふれ通信編集部も東京精神医療人権センターの活動も当初は従事者ばかりでしたが、近年当事者メンバーが増え、そこでのやりとりによって、場が変わったこと、私自身も影響を受けていることを身を以て感じています。この流れを大切に今後も進んでいきましょう。

 ご静聴ありがとうございました。


(資料写真添付 資料4-1, 2, 3, 4, 5, 6)

関連記事 : 東京地業研滝山病院630調査

http://orifure-net.cocolog-nifty.com/net/2025/07/post-ba06b9.html


💐 木村朋子さんの感想

石田貴紀さん(東大病院ピアサポーター)

声を詰まらせながら、沢山の人の支援に救われてきたが、一方少なくない数の従事者の言葉や対応に傷ついてきたと自分史を語ったのが、いつも冷静で有能な印象の人なので、余計心に残りました。

伊澤さん、向山さん(現世田谷保健所長)

「滝山の問題は知っていながら、NHK報道まで何もできなかったことへの贖罪の意識がある」とおっしゃっていました。

長谷川利夫さん

身体拘束で病院が裁判で負けたら、厚労省は「治療・検査の必要」を要件に入れようとしてきており、権力との闘いが必要と言いました。

天畠さん、議員さんたち

突然の選挙で来られない方が多かったですが、天畠さんが忙しい中駆けつけてくださったのが、ありがたかったです。

相原さんのお話

席をはずしていて聞けませんでした。


相原弁護士のツイートより

昨日はありがとうございました。今、本を書いていて、自分でも思ってもいなかったほど傷口が開く感じがあります。

打ち合わせ不足で時間切れになりました。そのまま感傷的なお話をしたことも重なり、時間の制御が十分にきかないままになりました。お詫び申し上げます。

「こんなにまだたくさんの虐待があるのです」と言われます。しかしそれ以前に「全国でたった260件?」患者さんの4744件の通報は全てガセ、病院職員からの1514件も8割以上ガセと扱って初めて出るのが260件という数字。わずか4%。通報しても96%はガセ扱い。

「虐待調査は1週間以上前に病院に連絡します。もう安心です。我々は新しい虐待通報制度で皆様の安全を守ります」

誰もが沈黙の現状。深い謎です。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_68786.html




追記)

滝山病院の裁判が始まります。

(3/2, 11h- @東京地裁724、原告家族陳述)相原弁護士に声をかけたのは医療事故訴訟を専門とする弁護士の方だったそうです。

原告弁護団↓

五十嵐裕美(医療事故 患者の権利) 

中島 和泉 (事故) 

神谷竜光 (医療事故 刑事 民事) 

笹川麻利恵 (医療 オンブズマン)

高橋正人(被害者専門)

石井(+看護師として臨床経験)

相原啓介 (+PSW)


精神医療による被害者救済の考え方が薄い日本でのこのような対応は、本当に差別なく命としてみる人たちがいる事を実感させてくれます。


これまで、多くの専門職の方から、「そういうのを沢山見てきました。」という言葉が返ってきました。堅固な制度、巨大な不作為の中で何もできない無力感が感じられました。

あらためてここ数年を振り返ってみると、どこをとっても「遺族に寄り添い遺族の問題解決に協力する」姿勢をみせた人はいませんでした。そればかりが家族を批難する人、利用し搾取して平然と専門職の階段を登ろうとする人さえ見受けました。誰の人権も本当に尊重されてはいない日本社会の中で、本当に無力なのでしょう。

滝山病院事件は、制度や社会が生み出したものではなく、こうした冷たい心が生み出したものなのではないでしょうか。

それでもその実情に耐え受け入れ、協力してきたのは、亡き妹が、家族や社会や精神医療の過酷な状況に、独り耐えていたからです。私だけは最後まで見捨てないと誓いましたから。

精神医療からの訴えが、逆に社会を目覚めさせ、誰の人権も大切にされるようになりますように。

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