~~ 市民による地域精神保健 ~~ 

- 健康は権利 - (無断転載はお断りします) 中村佳世

『収容施設の壁が崩れ落ちる時』地域間交流 :トリエステ〜リール〜コルチェスター


(粗訳 : 中村佳世、翻訳許可 Dr. Jean-Luc Roelandt / CCOMS EPSMLille 59G21)



Quand tombent les murs de l'asile
画面はダリオ さん『むかしmattoの町があった』第二部にエキストラで出演しています。



2005, フランス2, EPSMLille, ラジオテレビヨーロッパ連合との協働による


【 収容施設の壁が崩れ落ちる時 】2005, 監督 Youki Vattier (日系フランス人)  
~トリエステ(イタリア)~リール(フランス)~コルチェスター(イギリス)地域間交流~



ある夢の物語。偏見を一掃しようという夢。それは私の偏見を取り去り、ひとつまたひとつと偏見を取り払う。
人間的な夢、それは30年前、少しクレージーな一人の精神科医フランコ・バザーリアが見た夢だ。
彼の夢は青い空の色をしていた。自由の息吹、彼はそれを青い馬と呼んだ。
この夢は実現されなければならなかった。


鐘の音 (リール、フランス)
クロード  はい、おはよう! 元気?さて、よし、今日はうまく行くよ。ネクタイの仕方はよく知らないがね。

ナレーター 独り言を言う人を、人はキチガイと言う。でも、クロードの考えは違う。


クロード  他人が、頑張ってねとかこんにちはとか僕に言ってくれるとは限らないだろ。だからそれを自分で自分に言うんだよ。自分を励ます方法というところかな。


ナレーター 人は、取り分けキチガイは閉じこめておくべき人と言う。私も今朝まではそう信じていた。


クロード  さて、よしっ!


ナレーター クロードは6年間精神科病院にいた。そこでは時間が止まっていたと彼は言う。それが再び動き出したのだろうか? 何枚かの古い写真がそれを十分に説明し、そのテーマを私につきつける。彼の辛い記憶の跡。

(何枚かの精神科病院の写真)


クロード  20人から25人いたと思う。一人ずつ座れるだけの椅子も十分になかった。みんな一緒に一つの部屋。だからいつも椅子の取り合いをしていたよ。どのみちそこに一日中いなければいけないわけだ。人の尊厳などありゃしない。個人の尊厳というのは基本的人権だろ。精神科病院の壁に叫び声が轟きわたっていた。人の叫びを聞くほど恐ろしいことはないよ。最初に聞いたのはそれだった。(写真)
鍵がガチャガチャ音を立てて、扉が軋み、人がただうろうろと歩き回る。見るべきじゃないよ、そんなもの。
私にとってはそれこそ全く無駄で、言うならば、私の人生の6年が奪われたようなものだ。


ナレーター クロードは私に強制入院の理由を明かすことはなかった。彼の疾患は数人の医師が知るのみだ。が、彼の抵抗は私にだって関係がある。もしある日、私自身も治療が必要となった時、格子の中で狂気の叫びを引きおこすような治療に、自分も加えられることは拒否したい。出るのだ。


これは、100万の壁に立ち向かう100万人の患者の怒りに反響する夢の物語だ。イタリアに生まれた夢は、いつか現実となった。

1974年、廃棄された精神科のベッド。フランコ・バザーリア、トリエステの精神科病院の院長は、狂人たちの怒りを聞き、手を差し伸べた。彼はもう寝たままの患者を見たくない、まして繋がれて。自らの足で立つのを見たいのだ。

そして彼は患者たちと共に立ち上がり、一緒に一つの彫像をつくり始めた。青い馬だ。自由を象徴する馬、人の狂気を単なるキチガイ以上のものにしてしまうこの監禁への拒否。

彼にとって、それは収容施設の格子を引きちぎることだった。青い馬は町に出なければならなかったから。

町こそが、すでに狂気の叫び以上のものとなった怒りの人々を癒したい精神科医のケアの場なのだ。


私はその夢が単なるユートピアではないと思いたい。



マーシリ医師はトリエステの精神科医、病院のない精神科医だ。というのも、イタリアではバザーリアの影響で全ての精神科病院を閉じてしまったからだ。他のヨーロッパのどの国も、そこまで急進的な方法はとっていない。


マーシリ医師 イタリアには精神病院を復活させたい人は一人もいません。ここトリエステでは精神病院が無くなってすでに30年になります。ですから、普通に町にくらしながら療養することは可能ということです。つまり、精神科病院の壁の外で、市民としての権利と義務が確保され、市民としての立場を維持することができるのです。
私の考えでは、精神科の伝統的な療法というのは、その人の問題の10%しか見ていません。病理的な面にのみ焦点を当て、そこだけを薬を用いて治療することになるからです。反対に、その人の人生全体を形成するものが考慮されていません。精神保健のケアというのは視界360度で、100%その人の人生とその苦しみをみることだと思うのです。


ダリオ おはよう!アイスコーヒーのロング一杯お願い。
店員  はい、どうぞ。調子はどう? ダリオ、元気?
ダリオ まあまあ。いつもどおり。
店員  1日の過ぎるのが速いっていうのはいいことよ。
ダリオ うん、速くて問題もないってのがね。
店員  でも入院したことはないんでしょ?
ダリオ うん、入院したことはないよ。精神保健センターにも入院したことないよ。一度も。
店員  じゃあ、家で療養させてもらってるのね。うちにいられるのね。
ダリオ 僕は本当に病気ってわけじゃないんだよ。好きな時にうちにいて、毎週木曜日にセンターへ行ってただで薬をもらってくるんだ。お母さんの分もね。


ナレーター 町で暮らす、あなたや私のように。いいでしょ ? ダリオにも小さなカフェで朝のざわめきを愉しむ権利がある。
すぐ隣には、彼の通う精神保健センターがある。人間的な規模のセンターで8部屋のみ、マーシリ医師のように白衣を着ていない医師たちがいる。クライシスの時に、特に彼らを彼ら自身から保護するために、平均2週間でそれ以上はない。


ダリオはまるで糖尿病のケアに来るかのように、統合失調症のケアのためにセンターに通う。扉は開いていてカギはなく、まるで共同の粉挽場にいるかのように出入り自由だ。


ダリオ こんにちは。入っていい?
看護師 はい。こんにちは、ダリオ。元気?
ダリオ うん、悪くないよ。
看護師 よく来たね。
ダリオ ああ、リスポーデル、3ミリ要るんだけど。
ダリオ ありがとう、看護師さん。
看護師 どうも。


ナレーター ダリオが薬をもらいに来るときには、この世にこれ以上ないくらいシンプルに渡す。精神病は罪ではないから治療は罰であってはならない。
この、より人間的な精神医療の種は、ヨーロッパ中あらゆる国に飛んで行った。



ジーナは看護師ではないし、彼女の家は病院でもない。ナスラは昔の病院でされていたようにペッドに括り付けられてもいない。時と場所次第ではそうされていたかもしれない、ジーナはナスラのお母さんではなくホストファミリー。彼女の役割は病院の壁に代わり、人間的な温かみを与えることだ。


ジーナ ナスラ、ナスラ。
ナスラ ここを出て、アパートで暮してる夢をみたの。あなたをお茶に招いてあげたの。
ジーナ ほんと? 私が出てくる夢ならきっといい夢に違いないわね。
ナスラ うん。
ジーナ ほんと?
ナスラ ほんと。
ジーナ そろそろ起きる? それとももう少しうとうとする?
ナスラ 起きるわ。
ジーナ すぐ?
ナスラ うん。
ジーナ そう、コーヒー入ってるわよ。


ナスラ うまく行かない時はジーナがいてくれるの。どこがうまくいってないか説明してくれて、この方がずっといいわ。病院では、いつもいいわけじゃないし、食事も。いすに一時間もただ座っていたり、あとはテレビを見て、たばこ吸いに出て、いつも同じことの繰り返し。私はホストファミリーの方がずっと好き。とても心地いいの。私には愛情が必要だから、それが私にはとても大切なんです。
以前は、入浴用ミトンで自分の顔をゴシゴシ擦ったりして顔が傷になっていたの。今はやり方を覚えたからもうしないわ。ホストファミリーのおかげで私は沢山のことを覚えられたの。


ダリオ 誰もぼくが幸せだなんて言えないだろ、全然。だからこそ、僕は完全に病人なんだ。僕は内面に混乱と不安と何よりも苦しみを感じている。


クロード 人にはみんなそれぞれの狂気があるんた。もし僕があなたに答えるとしたら「そう、僕は狂人。でもそれは自分なりの狂気のスタイル。まあ、キチガイというには不十分な程度の狂気。」と言うだろう。


(車の中) ジーナとナスラ。
ナスラ 歌上手ね!
ジーナ いやいや、ナスラ、あなたも歌いなさい。
ナスラ ♪ベルナデットはとても素敵、♪ナセロは熱い、ばかばかしいけどいいでしょ、私も歌うの大好き。
ジーナ いいわね、私もあなたの歌を聞くのが好きよ。


ナレーター 町自体が生活の動きの中で訓練を施してくれるから、小児性精神病のあるナスラも、ダリオも、今では単なる精神病者ではなく、自らの治療に参加する人でもある。他の人が愛し信頼してくれることでもらされるものの大きさを、彼らが証明している。強制もされず拘束衣もつけない、彼ら自身がケア係。その結果はこのとおり。


フランチェスコ医師 最近、気分はどう?  ホストファミリーに来て以来、大分よくなってるように見えるんだけど。。
ナスラ はい。
フランチェスコ医師 最近はアンキオリティクの処方も少な目にしているんですけど、調子はどうですか?
ナスラ たまに不安になる時があって、目が空を見上げちゃうんです。
フランチェスコ医師 というのは?
ナスラ こんな感じで、目が勝手に空を見上げちゃうんです。
フランチェスコ医師 それがあなたの不安の兆候ですか?
ナスラ はい。それで、最近は色々なことについて考えをめぐらします。
フランチェスコ医師 どんなこと?
ナスラ 例えば。。



マーシリ医師 いいでしょう、ダリオさん。規則正しく面会を続けることはとても大切です。
ダリオ 完璧です。
マーシリ医師 毎週薬をもらいに来てますか?
ダリオ 毎週木曜日です。
マーシリ医師 少し薬を減らせるかもしれませんね。夜はよく眠れてますか?
ダリオ 減らした後の量ですと、以前と同じくらいよく眠れてます。



フランチェスコ医師 錠剤を飲んでいて、前に比べてずっと自律的になってますね。
ナスラ でも、それで少し太ってしまうんですが。
フランチェスコ医師 いえ、それでも注射よりは影響が少ないので、それで変えてみたんですけど。 
ナスラ はい。
フランチェスコ医師 そんな治療でいいですか?
ナスラ はい。
フランチェスコ医師 じゃあ、それで続けてみましょう。
ジーナ ナスラは、この方向でうまくいっているように思います。


フランチェスコ医師 私はイタリア生まれ、イタリア人です。ここフランスに精神科医をするために来て1年になります。町での地域精神医療、それが私にとって唯一の答えです。病院での精神医療はありえません。それは存在しません。病院とは制御、コントロールです。特に、精神科医がこの役割を受け入れないこと、何が何でも社会的コントロールという役割を拒否しなければなりません。それによって私たちは再び精神科医の位置が獲得できて、同時に患者に尊厳を返すことになります。


受付 こんにちは。精神保健センターです。


ナレーター イギリスでは市中での精神ケアを更に進めることができると言われた。看護師、生活支援員、精神科医、ここは、彼らが集うあるコルチェスター地区の移動チームステーションのひとつ。患者たちの名前がホワイトボードに書かれているが、そこに患者はいない。

彼らはここから遠く離れた市中の自宅にいる。そこへ、ジョン・オールド医師はケアのために、正に苦しんでいる現場へ、精神疾患に苦しむ人たちの自宅に向かう途中だ。


ジャネット 私の人生は簡単ではないの、複雑に絡まった問題が多いんです。簡単だったことはないし、多分これからも。たくさん正常化しなければいけないことがあります。たった1日で全てを解決する奇跡なんて期待しないけど、でもそんなものが少しでもあったらいいとは思うわ。(溜息)


(ノックする音)
ジャネット こんにちは。
ジョン医師 こんにちは。調子はどう?
ジャネット (溜息) 今朝起こったことのせいで、期待していたほどよくはないわ。もうそれを話したくないくらい。本当に動揺させられたわ。でも昨日は不安も感じず、パニックも感じなかったの。

むせび泣いて、また泣いて。。
ジョン医師 その事のせいで。。
ジャネット そう。(つかえながら)最初に思い浮かんだのは、「錠剤がいくらあっても足りないでしょう!」と。頭に浮かんだのは自殺すること。

でも、それだけはしてはいけない、と自分に言い聞かせて。だってまた、錠剤が空っぽになって救急病棟に担ぎ込まれて「ほら、また自殺未遂したね、ジャネット。」という人たちに取り囲まれることになる。私には顛末がわかっているから。
次に思いついたのがアルコールだったの。やれやれ、飲みにでも行くか。お店は父のところから近いから父の家を出て、でもその前にリチャードのところに寄ったの。私の友達、ご存じでしょ? 彼が「どうしたの? まあ、座って。」って。それで「私飲みたいの、飲みたいのよ。」そしたら彼が「今、お茶を一杯いれてあげる」と。「いえ、そうじゃなくて私、飲みたいの。飲みたいんだってば、わかる?」そしたら彼は「お茶を一杯のみなさい。黙って!」って。

ジョン医師 それはある意味進歩だね。そうだろ? 君はその状況を自分で把握して、リチャードは君に絶対飲ませないからその助けを借りて自分をコントロールしたんだ。
ジャネット いいえ、私は飲みたくないわ。死にたくないもの。
ジョン医師 上出来!OK。


ジョン医師 患者にとって「クライシスの時に、救急センターの精神科医か、他の専門職の人がうちに来てくれて『ほら、私に起こったことは重大なことだったんだ。』」と患者が感じられることは、患者にとって本当に助けになります。


それから、私たちが患者の家に出向くときは、患者自身が決めたその家のきまりをよく観察しなければならないのは、私たちの方です。彼らが私たち招き入れ、どうぞお座りくださいと言い、お茶をいれてくれます。

逆に、患者が病院に来る時には、彼らの方が私たちの規則を観察し、それに従わなければなりません。そこには力関係の差があります。

私たちは彼らに、対等に話せるという感覚を与えようとしているのです。つまり、彼らは私たちと同等の立場で話すことにより、より自分にとって大事なことを開示でき、私たちも彼らの支えとなることができる、と知ることが大切です。



ナレーター 自分の国でも、必要となった時にはこんな感じで、私も自宅でケアを受けたいもの。そしてそれは可能なのだ。
しかし、そこにはまた違った壁がある。それは、あなたの壁であり私の壁、私たちの偏見の壁だ。私たちは本当に精神病の人を身近に迎え入れる準備ができているだろうか?


どちらにしてもトリエステの場合、この疑問が発せられることはもうない。


(精神保健センターのダンス場)

ナレーター この街にすむ女性たちのためのダンス教室は街にはないが、精神病患者たちのためのセンターは大きく誰でも利用できるため、患者たちが利用するように、彼女たちも利用している。

精神病患者のうちにはわずかながら危険な人がいるのも確かだ。しかし、狂気は暴力と結びついたものという問題は偏見とみなされている。トリエステでは精神科収容所を閉じて以来、精神病患者による傷害事件は起こっていない。


ダンスクラスの女性 イタリアでは精神病者に対する怖れはもうありません。私たちは精神病というものが何なのか理解しているので、多分必然的に、精神病に対して違った向き合い方、行動の仕方を持っているのでしょう。むしろ助けるべきと知っているのです。だって結局、それは誰にでも起こりうることでしょ? だからそういう人たちを孤立させないことが大切です。彼らが隠れたところにいたら助けることができません。そんなところ。 
(21分)


(いつもの店で買い物するダリオ、バスに乗るクロード)
ナレーター 6年間精神病院で過ごしたあと、クロードは活動に身を投じることにした。当事者団体の会長として、なんの衒いもなく定期的にバス内での活動をしている。今日は、精神病への偏見を拭い意識を高めるためのキャンペーンチラシを見せてまわる活動だ。偏見との闘い、それがクロードの闘いです。


クロード というわけですが、心理的問題や精神的問題のある人たちが怖いと思いますか?
女性   いいえ、怖くないわ。
クロード そういう人が怖くないんですね? みんなはそういう人を怖がっていると思いますか?
女性   ええ。
クロード 人々の中には心理的問題や精神的問題を抱えた人などがいますが、精神病の人とは同じではありませんから混同してはいけないということです。ですから、あなたがそういう人に遭ったときには気を付けて違う目でもって見てください。もし誰かそういう人があなたを見る時には、違ったうふるまい方をお願いしたいのです。なぜかというと、人はあなたがそうか、そうでないかと分けがちな傾向が強いので。
男性   (うなづく)


ダリオ 僕が普通の人だと感じるかって? 

僕にレッテルを貼ったのは社会の方だよね。もう何年も前から人とは違うって見られているんだよ。


ナスラ 時々ね。前は知ってる人にこんにちはってあいさつしても、知らんぷりされてたの。今でもたまにあるけど、前よりはずっと少なくなったわ。私にとってそれは拒否。傷つくわ。とても傷つくわ。


クロード それは周りが見る目の問題じゃなくて、僕たち自身がどんな目で自分を見るかの問題なんだ。

「ほら、それじゃちょっとある状況下にあるように見られるんじゃないか。」不幸そうだとか、多分病人なんだろうとか、そんな風にとられることのないように、きちんとした服装をしてちゃんとしてるという印象を与えたいんだ。


(フランス、リール)
ナレーター 他人からの刺激が、日々の生活の中で私たちを鍛えてくれる。他人との関係なしでは治癒は不可能だ。だから排除という問題と闘わなければならない。でもまだ闘いは十分ではない。

病気によって失った居場所を、私たちの間に、本当の居場所を返さなければならない。彼らの後ろで、病気のために閉ざされてしまった扉を、もう一度開けるのだ。


クロードは住宅委員会に所属している。委員会は生活支援士、議員、福祉住宅係、そして当事者団体といった市の代表の集まりだ。目的は、自律性を取り戻すための重要な要素である住宅を患者に返すこと。


クロード みなさん、こんにちは。ジョセフさんの希望はアパートを見つけることですが。
ジョセフ はい。注射や病気や薬や交通機関といった私の問題を解決するのに役立つのではないかと思います。


ナレーター ジョセフは言いたいことを理解してもらうのが上手ではない。が、住宅委員会のメンバーは、ジョセフの話を聞いて、彼が一人で暮らしていけるかどうかを審査するためにここに集まっている。
リールではこの委員会を通して、このドミニクのように住民として自由に自宅で暮らしている人が95人いる。

が、ことはそれほど簡単ではない。


クロード  第一に、君がバス代を払っているというのは普通じゃないね。


ナレーター 自分の保証された年金から、家賃が払えなければいけない。委員会の議員たちは低所得者住宅に入れるかどうか、問題解決に向けての計画を立てるため、地域のケアネットワークの人たちと熱心に話し合い判定する。社会福祉士や生活支援士、介護士が新しい生活に適応できるかどうか、一緒に確認する。ここではそれぞれが役目を担い、この共同会議を通さずには行われることは何もない。


イヴァン(生活支援士) ジョセフさん、あなたの希望はよくわかりました。今のところ委員会の用意できるアパートには空きがありません。あなたの思い通り自由な契約ができるかどうか後見人とも相談してみましょう。経済的に大丈夫かどうかもポイントになりますから。
ジョセフ いつも待って、待って、待って、待ってです。


(アパートの鍵)


ドミニクL 待ってね、あなたにエサをあげなきゃね。ほら、お水よ。


ナレーター ドミニクもこの住宅という基本的権利を待っていた。長いこと入院していたため、状態はまだ完全ではなく料理などはまだできない。完全な自律までの橋渡しとして、市から調理済みのお弁当が配達されている。


ドミニクL こうしてアパートで独りで暮らせるなんて思ってもみませんでした。全然後悔してないわ。 完全に自立したいと思うし、それができたらどんなにいいかしら。そうすれば自分のすきなように予定を立てられる、でしょ? みんなは食べたい時に食べられるけど、病院では食事はきっちりお昼の12時と決まっているから、その時間になるとみんな食事をもらいに並んで、扉があくのを待つのよ。食べ終わったらまた食器を返すために返却台が開くのを待たなければいけないの。私は拒食症だった時期があって全然食べていませんでした。すっかりやせちゃって。(笑)


ナレーター 他にも、1羽の鳥が飛び立つ夢を私たちに語ってくれる。


ナスラ 私、よく自分のアパートで暮らしてる夢見るの。本当に自律して暮らしてみたいの。私は病人ではなく、問題があるけれど、乗り越えられることを証明したいの。自分で買い物をして、買い物や洗濯をして、みんな自分でやりたいの。
ジーナ ナスラ、お昼の準備にいらっしゃい!
ナスラ おいしそう!
ジーナ ナイフはある?!手は洗った?


ナレーター フランチェスコ医師は、ナスラはまもなく一人暮らしの準備が整うと考えている。


ナスラ 旅立つなんて変な感じ。
ジーナ どうして?
ナスラ わからないけど。
ジーナ わかるでしょ、全部一人でやらなければいけないのよ。あなたにはできるわ。みんなそう信じているわ。だから大丈夫。不安があるのは当り前よ、初めてなんだから。新しいことをするときは誰でも心配になるわ。でも大丈夫、一度できてしまえばあとは簡単。
ナスラ うん。
ジーナ どっちにしてももうできるようになってるんだから、大丈夫。
ナスラ うん。


ナスラ 私が障害者だから、少し頭に問題があるから自分のアパートを持つことはできない、というわけではないんです。その反対、これからはひとりで暮らすことができるんです。


ドミニクL もっと早くアパートに入れたらよかったと思います。時間を失ってしまったと思っていたから。 私は8年も病院で無駄にすごして、自殺を図ったりもしたわ。普通の生活にもどって最初は変な感じがしたの。でも以前の生活を思い出して、みんなと同じように暮らせてるわ。


ジーナ ナスラ、持ち上げててね。  



ナレーター リール(フランス)ではジャン・ルック・ロラン医師によって少し違ったシステムが敷かれている。今日は、彼のチームにクロードが同行してイギリスに視察旅行だ。

イタリアではもう一人のフランス人がイタリアを視察訪問。ドミニクMのバッグには14回の自殺未遂による強制入院という重い経験が詰め込まれている。


患者と医師がそれぞれに分かれてヨーロッパの国々を訪問し、異なる精神医療を視察する企画だ。施設の壁は崩れそうになりながらも、なかなか崩れない。だから一致団結して共に立ち向かわなければならないのだ。



(精神保健センター)
マーシリ医師 ドミニクMさん、こちらです。今ミーティングの最中です。ドミニクさんです。フランスの方です。ここでミーティングや活動をします。みなさん、じゃあまた。

すぐ隣が食卓と調理場。ここからは各居室、6部屋で8人分あります。4部屋にはベッドが置かれているのがわかるでしょう。とてもシンプルです。


(イギリス、コルチェスター)
ナレーター 互いにインスピレーションを得るためにこのEUネットワークに属し、他の国と、経験や結果を交換し合いよい方法を探る。

今、リールのチームがコルチェスターの精神保健救急センターを訪問している。そこにはフランスにはないシステムがあるからだ。


ジョン医師 この救急センターでは12人が二つのチームに分かれて週7日待機しています。この欄が名前です。


ナレーター ジョン医師が在宅でクライシスに対応するチームの仕事を説明している。来る日も来る日も、時には時間刻みで、薬を運び、何よりも患者宅で個別に支援するためのケアに当たる。

この救急対応は病院に代わるネットワークの一環として皆が探しているものだ。


ジョン医師 こういった活動は、病院の対応数に影響しました。実際、クライシス時の入院治療を受ける人の数は、30%から50%減りました。その結果その分の病床が閉鎖されました。ここに、私たちのチームが設置されたのはわずか7か月前ですが、すでに病院での受け入れが減少しています。この3か月だけ見ても40%から50%に減っています。


ロラン医師 私たちにはここで行われていることがとても重要です。私たちフランスのシステム構造に導入しなければなりません。というのも、フランスでは地域ごとに完結するようにシステムが作られていますが、入院者数を減らすことができずにいるのです
リールでの地域精神保健の枠組みはとても興味深いものになっています。87,000人に対して1800人の利用者をみていて、毎年500人が新たに支援を必要としています。今一つ段階が欠けているように思うのですが、コルチェスターのこのやり方が必要だと思うのです。早々にチームを創って実現しなければいけません。(訳注 その後既に達成)


(イタリア、トリエステ)
ナレーター このネットワークの概念では患者が最前線の役を担う。ドミニクはマーシリ医師と共にトリエステ地区にいる。


マーシリ医師 こんにちは、ドミニク。まず最初に、精神保健センターをご覧になった印象をお伺いしたいと思います。印象はいかがでしたでしょうか。


ドミニクM とても感銘をうけました。まず、場が適切にあつらえられていると思いました。私の暮らす国ではちょっと違って、残念ながらまだ南フランスの私の住む地域では新たに150床の病院を建て替えています。それは全然私たち利用者の望みではありません。

精神的な苦しみというのは知的な欠陥ではなく、まだよく理解されていないと思います。精神病者について人がもつイメージは、暴力的で気難しく非社会的というものですが、本当はそうではありません。私たちは予期できないことに対する責任に関して怖れを抱いています。実際には私たちはケアを受けていて、そのケアがあれば、能力的にできる範囲で試みることができます。ですから私たちはできることをして働いて生きる権利があります。


(ホテルで)
ナレーター パスカリーナは働き、存在し、生きている。自分で稼ぐこと、それは自分が役立つという感覚を持って社会的な繋がりを取り戻し、自ら稼ぎ、自分の人生を再び征服することだ。こうした社会的営みの中で回復していく。

それゆえ、フランコ・バザーリアは、パスカリーナのような患者を雇用するため、このホテルのようなコーポラティボを創った。


お客さん ここに置いてください。元気? 今日はどうだい?
パスカリーナ ええ、いいです。あなたは?
お客さん ここは長いの?
パスカリーナ ええ、そろそろ1か月になります。
お客さん ありがとう。また会えるといいね。
パスカリーナ こちらこそ、ありがとうございます。ではまた。


パスカリーナ この仕事はとても私の助けになっていると思います。色々な人に会えるから。知ってる人も知らない人も。おかげさまで自分で自分が心地よく感じます。自分がよくなってきているのは確かです。少し前に入院を経験しましたけど、全然違いました。今はとても調子がいいです。


ナレーター パスカリーナは現在研修中。精神保健サービスから研修向けの奨学金を得ている。それが終わるとホテルでの正式雇用となり給与が支給される。しかしその前に、誰もがするように、試用期間終了後は自分でチャンスをつかまなければならない。


テレサ、ホテル支配人 社会的に排除された経験のある人にとっては、ここのように受入れをすることが重要です。ここでのように公衆と親しく接することです。実際ここでは、排除されていた状況から一転、自らが人々を接待し受け入れる側にと立場が変わるのです。立場は逆転し、それによって安心と自信が生まれます。



(ダリオが参加しているミュージカル練習場をドミニクが訪問)


インストラクター 1,2,3,4, 1,2,3,4,ミュージック..


ナレーター 自己表現することは自己肯定すること、精神病のために失った居場所を再び獲得する。アートは仕事と同じように回復へのよいバイパスだ。

トリエステでは昔の精神科病棟が、今ではミュージカルの練習場になっていることを、ドミニクMは知る。グループの指導者、ダンサー、ミュージシャンなどはみんなプロ。


ドミニクM 本当に素晴らしいと思います。とてもよく練習されて、心が入っていて。みなさん、本当にやりたくてやっていると、とても強く感じます。それに自分のうちにいるように居心地がいいです。本当に信じられないわ。


ドミニクM ここには自由がたっぷりあることに気づきました。ここにいる人たちは真に人間であってケアされる人たちではありません。それぞれに一人の人としてアトリエに参加しています。真の欲求と自分の意思で、本当にやりたくてやっています。その上、プロの指導を受けていて、ケア係はいません。フランスでは残念ながら家族や介護支援者などに世話されすぎています。これは本当に見習うべきです。


ダリオ 実際自分の中で、身体、頭、神経、全ての器官が活性化されるのを感じます。僕の精神が休眠から目覚めるような感じです。

この劇団にいる女の子たちや男の子たちとやり取りしていると僕は活発になります。つまりそれが大きな利点です。


ドミニクM やることがないのは、私にとって本当に悲劇的と言えます。常にテーブルの上には必ず何かすることが置かれていて、いつも何かやることが私を待っていてほしいのです。

空っぽが恐ろしく怖いので、なんとかしてそれを満たさなければなりません。目眩がします。空っぽは私を捉えて、私を恐ろしい恐怖に投げ入れます。


クロード 病院に行くと「ほら、みなさん、あなた方はクライシスにあるから病院にいるのですよ。」と言われるでしょう。

でもその人が何を成し遂げたのかを語ろうとは考えません。ディプロマが沢山ある人もいます。いくらかは病気のせいでまた薬のせいで知的能力が制限されます。 しかしだからといって、彼らが狂っているとか愚かであるということてはありません。

とても知的な人たちもいます。 たとえば、私は警察の長官にも会いました。 この紳士が正に「私は警察長官です」と言ったとき、他の人たちは「それなら私はナポレオンだ」と言いました。 もちろんクレイジーな話ですが、その人には本当に警察庁官だったのです。


ドミニクM もし即座に「奥さん、あなたはうちに帰ってゆっくり休んでください」と言ったとしたら、それは、私たちを空っぽへ、何もないところへと返すことです。それは大きな罰です。



ナレーター 揺すぶられ、感じることは回復の条件だ。しかし私たちはそれをもっと超えて行ける。


(イギリス、コルチェスター)
ナレーター コルチェスターではフランスから来たチームに、新たな取り組みが紹介されている。
それはこれまでの方法にもうひとつ加えたもの、患者同士のよい関係によって回復していくという方法だ。自分の家があり、働けることは大事だ。しかし、精神疾患のある人は時にとても脆弱でもある。そこでここに新たな職を創出した。


(精神保健センター)

ジョン医師 このような役割を担うには精神保健チームスタッフは向いていません。なので、スタッフの一員として参加し、患者の伴走のために家を訪問してもらってはどうだろうかと思いついたのです。それをスターと呼んでいます。これは私たちの取組の中でも最も重要と考えています。


ナレーター サムはスターとして働いている。スターとは健康回復のための時間を支援するスタッフの略。

サムは、そのような助けを必要とする人に伴走するために会いに行く。今日はミッションのためにアシスタントを連れている。

スターの仕事は、精神疾患に苦しむ人がなんでもない日常生活に戻れるように助けることだ。医師は常に患者にとって最適というわけではないため、代わって彼らがこの貴重な時間を提供する。


テリーは孤独に苦しんでいる。何年かの人院生活の後、人生や他の人が怖くなってしまったのだ。でも彼は犬が大好き。サムはテリーが外に出たいと思えるように、犬を連れてきた。


サム  こんにちは、テリー。どう?
テリー 少し気分がいいよ。夕べはそんなにすることもなくて退屈だったけど。
サム  ピーターとチェスしたんじゃないの?
テリー その前の日はトニーとしたよ。
テリー サムがいてくれなければ僕は外にでないから、気持ちの安定のためにとっても助かるんだ。僕みたいに家で独りぼっちでいるのはあんまりよくないよね。
サム  レディ、おいで!



ナレーター スターの一般的な考え方には、伴走以上の意味がある。


ジョン医師 先ほども言いましたが、イギリスには精神病を患らっている人が75万人いますが、そのうち90%から95%が就労していないか、一度も働いたことがありません。

スターというグループを構成し、この人たちに加わってもらうことで、私たちのチームに組み込めるのではないかと考えたのです。この人たちにこの仕事を与えることにしたのです。


ナレーター だから、スターは元患者たちなのだ。スターにとっても、患者の支援者として働くことで自己実現の機会が持てる。

しかしそれ以上に、彼らはこの役割に当たって特別な力をもっているのだ。なぜなら彼らは誰よりもその苦しみを知っているからだ。


テリーは統合失調症で、サムは別の疾患名を持つ。


サム 何年も、うつ病にかかっていました。今でも、たまに調子が悪くなることがあるので100%回復したとは言えませんが、実際、少し気分は好転し始めています。

とても強く感じるのは、医療システムの中で独りぼっちで見捨てられたということです。独りで闘わなければなりませんでした。その見捨てられを生きた経験のおかげで、この仕事ができると思います。自分が本当なら受けたかった支援の数々、それこそが、他の人々を支える時役に立つんです。


テリー 役に立ってると思います。もし誰かがあなたと同じように苦しんでいるなら、その人はあなたが今どんな状況を生きているかわかります。

私はアップダウンがありますが、サムがいてくれます。自分が感じていることを説明するんです。


サム 医療システムには本当に弄ばれたと感じました。その医師がいて、私はほとんど引き裂かれそうになりました。そこまでになったことはなかったと思います。医師はそれに対応する時間はとりませんでした。


テリー 私は何の意味もない長い時間を病院で過ごしました。言ってみれば私は川の中に落ちて流れに漂う枯れ葉みたいなものです。何も自分のためにできることがなく。



(イタリア、トリエステ、ミュージカルの練習)
ダリオ医師 さて奥さん、どうされましたか?
マダム 先生、彼を病院にブチコミましょう。注射してやってください。私はもう耐えられません。彼は鋏を私の目に突っ込んだんです。もう、耐えられません。彼は危ない人です。
男  彼女は既に酔っぱらっているんです。
ダリオ医師 何をしたんですか? お黙りなさい、あなたには聞いていません。あなたは後で。さあ、奥さんどうぞ、続きを聞きましょう。
マダム 養育に十分なお金もありません。でも何より、彼は危ない人です。
男 私が危ないって? どうしてか説明してください。どうして私が危ない人なんですか? え???!!!



ナレーター イギリスのこの例のように、ここ30年、数名の精神科医の確信が精神病院の閉鎖を可能にしてきました。2005年にWHOはこのような人間的な運動と連携し、施設への収容よりも市中でのケアを推し進めてきた。



ドミニクM 私たちには具合が悪くなる権利も、よくなる権利もありますから、人生を無駄にさせてはいけません。人生を25年も無駄にさせてはいけません。
その人の苦しみが生きることを妨げないように、家族のだれの人生も妨げないように、必要とするケアが充分に適切なものであるようにと願います。


クロード もっと違ったシステムがあったなら、もっと違った形で支援が受けられたかもしれないし、もっと早く病院から出られたかもしれない。確実に、時はもっと耐えやすかったでしょう。


ダリオ  夜は暗い、時間は誰にも平等、夜は僕たちだけのものと言います。夜が全部僕のものであってほしいのです。毎晩、僕は自分を探し自分に言います。「眠りたい、眠りたい、眠りたい。生きてると感じたい。そして自殺とか黒く暗い考えが起きませんように。」と。


サム 私はどこか自分を失っていたと言えると思います。自分が誰なのかわからなかった。でも、今は乗り越えて回復したと言えるわ。


ドミニクL もう再発はしない気がするの。今、再出発したところ。人生はもう下り坂だけれど、もう一度よじ上ってるところ。よじ登っていくの。後悔はしてないわ。


ジャネット この28年を振り返ると、私が色々な困難に直面するために好んでしていたのは麻薬とアルコール、ひどい依存症だったんです。でも今回は違う。もう、やらないわ。


ナスラ 怖いのは将来かな。でも、自分で脱出できると信じてるの。少し不安だけど、同時に、やり遂げたいんです。



ナレーター 30年の間に、青い馬が駆け抜けてきた道。青い馬は、苦悩よりも命に、強く生きるチャンスを与えてきた。
精神病者たちの尊厳をかけた闘いの中で、未だに敵がいる。それは偏見。
私の偏見は取り払われた。一つまたひとつと。


ナスラ コップ、ナイフとフォーク。お鍋とフライパン。これはこれからの私のアパート用 ! 



(粗訳 : 中村佳世、翻訳許可 Dr. Jean-Luc Roelandt / CCOMS EPSMLille 59G21)


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