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- あこがれのかの国のベールがはがされていく学びの日々 -

les droits de l'homme 目からうろこの人権論

le droit d'etre judgé devant le tribunal et de reparer ses fautes aussi pour les handicappes mentaux


今日は人権の観点から、最近話題になった医療観察制度について講演があったので聴いてきました。目からうろこの考え方がちりばめられていてみなさんにも愉しいと思います。
というわけで微妙な話になりますが少し書いてみます。


ある犯罪を犯したとき「彼の人は心身喪失で責任能力がない」と認められたときには、裁判を逃れます。そして司法観察病院というところに行くことになります。施設としては整ってきていて今ではとてもきれいだそうです。しかし、閉鎖空間であることには違いがありません。精神科医の判断と裁判所の許可が必要なためその終わりがいつになるのかはわかりません。不安定な状態におかれることになり、治療的にも人権人道的にもよいとは言えません。

そこで考え方として、たとえ心身喪失で精神を病み責任能力がなかったとしても裁判を受ける権利があり、罪を償う権利がある。」と考えます。つまり、罪状を決定するべきなのです。やったことはやったこと、その罪は何に価するのか、その上でその刑をどう償うか、病の個性に合わせて償う。それが本当の意味ですべての人に備わる人権 (権利、自由、責任) を認めることになります。


相模原の事件についても、措置入院の有無にかかわらず罪状を決定し、特別の申し出がない限り被害者の名前を公表することが、加害者、被害者のどちらの人権も尊重することになるのではないでしょうか?


同じことは措置入院についても言えます。病気であることと犯罪を犯すかもしれないこととは関係のないことです。病気は治療すべきもので聴く耳をもった医者等の役目、犯罪は防ぐべきことで自衛手段である武器をもった警察等の役目です。それとも医者にピストル持たせるのでしょうか? と熱く語られました。
そもそも自傷と他害がどうして同じくくりなのか疑問ですが。。


どうでしょうか、目からうろこでしょう?
人権宣言したフランスやイタリア、自分の手で権利と自由を勝ち取ってきた国々はこうした問題を真正面からとらえ、さらに進化させています。


他にも入院には任意入院治療、医療保護(強制)入院治療、措置入院などがあり、未だ境界があいまいです。特に家族間で個人に介入しがちな文化の中で、本人の意思に反して入院させられるケースも未だに後をたちません。保護のためといえばあたりまえと考えられることが多いのです。人権意識は混乱したまま憲法に保障された自由や人権は軽々と敷居をこえて破られています。


さて、サメに食われた人間と人間に食われたサメとではどちらが多いでしょう?
心身喪失と診断される人が犯した犯罪と、抗精神薬により命を落とした人についても統計をとってみる必要がありそうです。

と少々ブラックに〆てみたいと思います。


医療観察制度についてはこちらを参照してください。
法務省:医療観察制度







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